ご存知だろうか? どこの土地にも家相の悪い家というものがある。何をしたという訳では無いのだが、人が居つかない家という物があるものだ。 この空き家は、昭和の高度成長時代に建った家で、その頃はあちこちの山や森を切り開いて宅地造成していた。 日本が豊になったと錯覚していた時代。かつては限界集落であった村が、ブームに乗りリゾート開発の為の新興住宅地になりはじめた。 一介のサラリーマンでも誰でも夢の一戸建てが持てる時代だった。ほとんどの家が粗末な建売で、地鎮祭も何もしないで、いきなり建てたのだそうだ。 その住宅地には、田舎の生活に憧れて都会から一組の家族がやってきた。それから1年もしないうちに、父親は保証人になった親友の会社が倒産して行方不明。人生を勝手に諦めた母親が子供を殺して自殺した。無理心中だ。 同じように引っ越してきた、隣の家も事業に失敗して夜逃げし、人気無い家から出火し全焼した。 まるで呪いでも罹っているような住宅地だ。何回か転売されたが、ここ十年は誰も住んでいない。その住宅地の下に空洞が出来て、そこの地盤が崩れて家が引き込まれたのだろうと思われた。 誠が事故現場を見学に来ていた村人に何やら話しかけている。やがて、その村人に礼を言うと戻ってきた。「隣家(と、言っても田舎なので結構距離がある)のお婆ちゃんが、この家が崩壊するのを見ていたそうです」 早速、三人は老婆の家に話を聞きに行った。二階建ての築五十年はあろうかという家に、老婆は一人で住んでいる。子どもたちは仕事がある都会に行ったまま帰って来ないと嘆いていた。 とにかく年寄りの話は長い。肝心なことは中々話してくれなかったが、聞いていると老婆の家でパキーーンと何かが鳴った。「にゃっ?!」 姫星がびっくりして天井を見ている。音はギシッミシッとする音に変化した。 家鳴りと言われる現象、木造の家によくある現象だ。湿度の関係で木材などが伸縮する時に鳴るらしい。「ああ、この家では一週間くらい前から、頻繁に家鳴りがするようになったんですよ」 いきなりの怪音にびっくりしている三人に老婆が話した。そう言っている間にもギギギィと天井裏から聞こえて来ている。「ウテマガミ様が村の家々を尋ねて回っているんでしょうよ」 老婆はそういうと手を合わせてお祈りを始めた。正確に一週間前かは不明だが、泥棒が霧湧神
「さっき話しに出てきたウテマガミ様というのは、霧湧神社に祭られていた神様の事ですか?」 車中で雅史は誠に尋ねた。「はい、そうですよ。 どういう字を当てのかは分かりませんが、そう呼ばれています」 誠が運転しながら答えた。「ウテマガミ様の謂われって分かりますか?」 雅史が尋ねた。村役場でも『ウテマガミ様の祟り』との言葉を聴いていたからだ。祟り神の逸話は多いが、話に聞くのと実際に目撃するのでは心構えが違う。「さあ…… 子供の時分からそう呼んでますからね…… 力丸爺さんに聞いたほうが早いと思いますよ」 誠は神様関係は無頓着なほうだった。祭りのときに敬っていれば事が足りると考えるほうだ。 そんな事を話しながら三人は伊藤力丸爺さんの家に向かった。伊藤力丸宅 宝来雅史と月野姫星と山形誠の三人で伊藤力丸爺さんの家を訪問する。事前に連絡が行って無いにも係わらず、力丸爺さんは山菜取りにも行かずに自宅に居た。 誠は美葉川沿いの空き家が、地面に飲み込まれてしまったと、村で起きた異変を教えていた。「まだまだ、お怒りなのかも知れんのぉ。 ウテマガミ様は……」 誠の話を黙って聞いていた力丸爺さんはポツリと言い出した。「ウテマガミ……様ですか? それは泥棒に荒らされたという霧湧神社の神様ですよね?」 雅史は訊ねようとした話題にすんなり入れたのでほっとした。「そうじゃ。 手順・作法を守って奉れば豊穣を施していただける神様と聞いておる」 力丸爺さんは顎を撫でながら答え、三人を自宅の縁側の方に案内した。「ところが粗末に扱うと……」 姫星が話の流れにを合わせるかのように話した。「ああ、厳しいお仕置きがあるんじゃな。 ほれ、煎餅喰いなされ」 爺さんはニコニコしながら姫星に煎餅を勧めていた。「じゃあ、泥棒の親玉が警察署で発狂して、自分の身体を引き千切って死んだのも……」 雅史は確認の為に聞いてみた。「そうじゃな、ウテマガミ様の祟りなのかもしれんのぉ」 力丸爺さんは事も無げに言った。「そもそも、そのウテマガミ様の由来ってなんでしょうか?」 姫星が聞いた。 雅史は祟りは信じないが、何かしらの遠因はあるのかもしれないと思っていた。それは思い込みなのだろうと考えていた。 人は無意識に神様の祟りがあるかもしれないと思い込んでいる。それが何かの切っ掛けに噴出して
「昔はちゃんとした鉢の形だったらしいんですが、長い年月の内に破損し今の様な形になってしまったらしい…… です」 誠が代わりに答えた。何でも自分の祖母から色々と聞いているのだそうだ。「それでは、やはり器が本体なんですね?」 姫星が聞いた。普通の小石を神様にするには、何らかの触媒になる物が必要だと考えていたのだ。それが器なのだろう。「そうなるのぉ。 他所の人から見ると茶碗の欠片にしか見えませんが、神様を掌る器なのですじゃ」 力丸爺さんが答えた。「元は祟り神を封じ込めていた器が元になったと聞いておりますな」 力丸爺さんが続けて答える。「祟り神。 普通の神様と違って力が強そうですね」 姫星が答えた。「ここを開墾した時には荒れ果てた土地だったそうですじゃ。 祟り神だろうと何でも利用する。 そうでもしないと、食ってはいけなかったのじゃろう」 力丸爺さんは顎を撫でながら答えた。「全てを許して、全てを飲み込む。 そういう器の欠片だと伝えられております」 力丸爺さんは家の縁側から霧湧神社の方を見ながら言った。「崇りも怖いが豊穣の恵みも欲しいのか…… 人間ってのは欲が深いものですね」 雅史がポツリと言った。「それが人の性(さが)なのじゃろぅて…… 仕方が無かろう」 力丸爺さんは答えた。「神様とのちょうど良い関係を模索しているのかもしれないでしょ?」 姫星が力丸爺さんの代りに答えた。「お主は、こういう怪しい話は馬鹿にせんのぉ」 力丸爺さんは雅史に尋ねてきた。「はい、僕は神様はきっといるのだと思っています。 でも、人間の期待通りには動いてくれない、とも考えているんですよ」 雅史は見て無い物は信じない。即物的と言われればそれまでだが、目の前で起きた事象には必ず答えがあると考える方だ。「ふぉっふぉっふぉ」 爺さんは一際大きく笑った。雅史のような考え方をする者に会ったのは初めてなのだろう。「人という生き物は、自分の理解を超える現象が起きたときには、相手を馬鹿にするものなんですよ」 雅史は笑いながら答えた。「なんでなの?」 姫星が不思議そうに尋ねた。「そうしないと心の均衡が保てないのさ、何しろ人間は自分が理解できない物を、恐怖でしか捉えようとしない」 雅史は人間の心は弱いものだと思って居た。その為に虚栄を張るのだし、自分を強く見せよう
伊藤力丸の自宅。 力丸爺さんの家を出た姫星は、何か違和感を覚えクンクンと空気の匂いを嗅いだ。「まさにぃ…… 何だか変だよ?」 姫星は風が濁っている感じがしたのだ。何だか昨日まで嗅いでいた爽やかな空気とは、様子が違う感じがしているのだった。「ああ、空気に土の匂いが着いている感じだ」 雅史も姫星の真似をして空気を吸い込んだ。土と言うかカビ臭い。 誠も同じように思っているのか周囲を見回している。「確か、土砂崩れの時にこんな匂いに成りますよね?」 雅史は誠に尋ねた。「ええ、そうですね。 土砂崩れは雨が酷く降った時ぐらいにしか起きないもんです。 しかし、ここ一週間は雨など振っていないんですよね……」 誠は怪訝な顔付きで言った。「祭りが行われる霧湧神社って山の上ですよね?」 雅史が誠に聞いた。「はい、標高は高くないですが…… ちょっと役場に寄り道をしましょうか?」 誠はポケットから車のキーを取り出した。 姫星一行は村役場に到着した。すると、役場中の電話が鳴っており職員たちが応対に追われていた。「村中から問い合わせが入って来ていましてね」 役場に入って来た誠を見つけた役場の人が誠に説明していた。「ひょっとして土の匂いですか?」 雅史が役場の人に聞いた。「はい、そうなんです。 土砂崩れの発生時には、山や崖から土の匂いが出てくるんですよ。 ここは山が深いし、土砂崩れは時々発生するんで、村人は敏感に感じ取るんですよ」 役場の人は電話の内容をメモに書き込みながら答えた。かなり、メモ書きが埋まっている所見ると、ひっきりなしに電話が来ているようだ。「今、村を囲んでいる山に、職員たちを派遣して調査させているのですが、土砂崩れの兆候は今の所、気配が無いと報告が上がって来ているんです」 役場の人も困り顔で話していた。怪音や落盤に続いて異臭騒ぎである。こうも続くと役場の業務が滞ってしまう。「そう言えば、川の堤防に亀裂が入ったと課長が言ってました」 見ると村長の日村も電話の応対に追われていた。「山形君はコッチで電話の応対に出てくれ」 村長の日村が山形に指示を出して来た。祭りの準備もあるので忙しいのだろう。雅史には軽く目礼しただけだった。「じゃあ、私は村の仕事に戻らせていただきます。 私の車は自由に使っていただいて構いませんよ」 そう言って雅史
『神御神輿』は毎年の春先に行われ、その儀式を持って五穀豊穣を神様にお願い申し上げるものだ。日本各地に伝わる豊穣祈願で行われる祭りは数多くあり。それぞれの地方色を生かした物だ。この祭りもその一つでさほど珍しくも無い風習であろう。 ただ、他と違うのは『神様を呼び寄せる』という方法であると思う。普通は神様はすでに居て、そこにお願いするなり、お礼するなりなのだが、この祭りは御神体に神様を呼び寄せるのだという。 御神体と言っても河原に転がっている只の小石だ。石そのものには意味は無い。儀式を行い御神体として崇める事に意味があるらしい。その儀式を執り行うのが春の祭りなのだ。(山岳信仰と土地神信仰がごっちゃに入り混じっている感じなのかな……) 宝来雅史は祭りの詳細な手順を聞き、そう感じていた。きっと長い年月で変節して行ったのであろう。住んでいる人間の、入れ替わりの激しい土地などでは、そう云う事も良くある物だ。 人は信じたい物を選ぶ習性がある、神様との距離が判らない以上は、信じたいやり方を考えるのは仕方が無いことだ。 儀式の手順を簡単に言うと、最初は霧湧村に流れる我川の上流から、御神体となる小石を拾いあげる事から始まる。それを霧湧神社に伝わる欠片に載せて、神社境内で”神様を呼び寄せる”儀式を執り行う。 これだけだ。 儀式には神様が入る石を持つ「石勿(いしもち)」と、神輿を担ぐ「神楽勿(かぐらもち)」、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」の三組が必要だ。これは全て村の男衆が担う。 「石勿(いしもち)」が、石を拾う儀式は村の一番若い者が行う。まず我川の上流で滝に打たれて禊ぎを行う。禊ぎを済ませたら、直ぐに目隠しをして、介添え人と共に河原に赴き小石を拾う。介添え人は目隠しをした「石勿(いしもち)」を手助けするのだ。 これは、日が暮れて闇夜が訪れる寸前の時間帯。俗に逢魔が時(おうまがとき)に行われる。日中に活動していた神様が、住み家に帰る前に、川に沐浴の為に立ち寄っていると、考えられているためだ。 河原で目隠しを外したら、最初に目に付いた小石を拾って懐に入れ、誰の眼にも触れないようにして、神輿に載せられ神社に持ち帰るのだ。もちろん、小石を拾う間、介添え人はそっぽを向いているのだそうだ。 霧湧神社に向かう時には、道を清める「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」が神輿を先導し
霧湧神社境内。 霧湧神社境内の真ん中では、ふんどし姿になったの「石勿(いしもち)」が大地に寝そべっている。肝心の小石は、臍の辺りにある欠片の上に載せられていた。そして、「石勿(いしもち)」の周りには、火を灯した蝋燭が立っていた。時より吹く微風に蝋燭の明かりがゆらめいている。 「石勿(いしもち)」を運んで来た「神楽勿(かぐらもち)」と「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」は手に竹の棒を持って、ろうそくの周りに立っている。彼らもいつの間にかふんどし姿になっていた。 やがて、村の男衆たちは竹の棒で地面を叩いて回り始める。 竹の棒が地面を叩く音は聞こえてきている。そして、誰も合図しないにも関わらず、地面を叩く音は全員が揃っていた。 一定の間隔で叩くのかと思ったが、そうでは無くて三歩歩いたら三回叩く、全員が一斉にクルリと逆向きになって一歩歩いたら一回叩く、また、逆向きなって四歩歩いたら四回叩くをなど、見た限りでは出鱈目に動いているように見える。 普通なら何がしかの祝詞を唱えるなり、おまじないを唱和するなりやるモノなのに、その祭りでは終始無言で地面を叩いて回っていた。 男衆のまわりで、祭りを見ている村人たちも、全員が無言で見ている。 竹の棒で地面を叩く音と森から聞こえる虫の音だけが境内に響いていた。 そして、地面を叩く儀式自体は物の十五分程で終了した。男衆全員が「石勿(いしもち)」に身体を向けた。「 おっ! おっ! おっ!」 男衆は竹の棒を空に向かって掲げた。薪がパチリと爆ぜる音が聞こえる。「 えーー-いっ!」 村の男衆が一斉に竹の棒を地面に突き立て、それに合わせる様に掛け声をかける。それが祭りの終了の合図のようだ。 掛け声が終わると「石勿(いしもち)」を、取り囲んでいた男たちは静かに回りにどき、「石勿(いしもち)」の若衆が通れるだけの道を作った。 円陣の真ん中に居た「石勿(いしもち)」は、臍の前に掲げていた小石を載せた欠片を、うやうやしく両手で頭の上に掲げて進み。そのまま神社の本殿の前に進み出て、神前に供えようとした。パキンッ! 何か小さな音が境内に響いた。見ると、今しがた儀式を行ったばかりの小石が、割れて二つになってしまっている。 一瞬、静まり返る境内。「ああぁぁ……」 境内に村人たちの嘆き声が響いた。そのざわめきが境内に広がってゆく。「駄
「…… 円周率だよね……」 祭りを黙って見学していた姫星は唐突に言い出した。「え? え? 何が??」 雅史が聞き返した。雅史は男たちの仕草が、どうウテマガミを敬う事に為るのかを考えてたのだ。棒で地面を叩くのは、大地に残った穢れを祓うのだとしても、それを繰り返す意味が分からなかった。「神御神輿の時に地面を叩くじゃないですか?」 村の男たちがやっていた仕草をまねて、姫星は地面を叩く仕草を行った。「ああ…… ? 」 雅史が頷いた。まだ、姫星の言っている事がピンと来ないのだ。それに無言で黙々と地面を叩くさまは、ちょっと不気味だったのだ。「その叩く回数が円周率なんですよ。 3141592653589793…… と、続いているの」 姫星はスマフォで撮影した動画を再生しながら数えていた。「あっ、円周率は学校で習いました…… そう言われてみればそうですね」 誠が続けて言った。物心付いた時から、ずっと行っていたので、特に不思議には思っていなかったらしい。「円周率ねぇ…… 無理数を数えさせる為なのかな……」 姫星のヒントを受けて、雅史がある可能性を思いついた。「無理数?」 誠が聞き返して来た。日頃使う計算で無理数など聞いた事が無い。無理からぬことだ。「はい、正解が出て来ない計算結果の事です。 無限に数が出て来るので無理数と呼ばれています」 他にも平方根などが無理数であると説明した。「なんで、無理数が関係するの? それに、どうして昔の人は円周率を知っていたの?」 だが、姫星は無理数とウテマガミ様との関係が分からない。それより昔の人が円周率を知っていた事の方が驚きだった。農業にも狩猟にも円周率が関わり合いになるとは思えなかったからだ。「ん? …… 普通、考え事をする時って立ち止まるじゃないですか?」 雅史が二、三歩動き、腕を組んで片手を顎に当てて、考える人の振りをして止まった。「そうですね……」 誠がぼんやりと答えた。まだ、意味が繋がっていないようだ。「あっ、神様が無理数を数えている時には、神様は他所に行けなくなっちゃうんだね」 姫星が閃いた。「つまり、その間は現在地に留まって豊穣の恵みを下さると…… あ、なんとなく判るかもしれないです」 誠が手をぽんっと打つ真似をした。納得がいったようだ。雅史は姫星の模範的な答えにニッコリしながら頷
霧湧神社 月野姫星が姉が居ると言ってきた。宝来雅史はそちらを見たが発見出来なかった。「どこにいるの?」 雅史は姫星に訊ねた。「あそこに…… あれ?」 姫星が指差す方を見たが美良はいなかった。村人たちが祭りの後片付けを見ているだけだった。更に雅史は周りをキョロキョロと見回したが、美良の姿は見えない。”見間違いじゃないのか?”と言おうとしたら先に姫星が喋り出した。「でも、お気に入りの水色のワンピース着ていたよ」 姫星が雅史の方を、ちょっと見た隙に美良は見失っていたのだ。姫星は背伸びしてキョロキョロと見回している。「…… それなら知っている。 僕が買ってあげた奴だ」 誕生祝に何が良いのかと、尋ねた時に美良がねだってきたものだ。一緒にデパートまで行って選んだのを覚えている。美良の買い物は多くの女性がそうであるように、とてもとてもとっても長い。雅史は女性の買い物に付き合うのは苦手だった。「おねぇに買ってあげたワンピース…… 私も欲しい……」 姉大好き少女の姫星は、小さい頃から姉の物を何でも欲しがる。美良がクスクス笑いながら、困り顔で言っていたのを雅史は思い出した。「ええ?!…… そ、その話は後で…… ちょっと山形さんに聞いてみるよ」 もう一度森の方を見てから、雅史は山形誠に聞いてみる事にした。「山形さん。 ちょっとすいません」 雅史は村の若い衆と話し込んでいる誠に声をかけた。祭りの後片付けの手順を説明しているらしかった。「はい、なんでしょうか?」 若い衆は祭りの後かたずけをするために立ち去った。誠は結果はともかく無事に終了して安心したようだ。「すいません。 姫星が祭りの最中に、姉を見かけたと言っているんですが……」 雅史は誠に訊ねた。「んー? 美良さんが村に来てるなんて聞いてませんよ」 誠はニコニコしながら答えた。「こんな小さな村ですから、誰か来たら直ぐに噂が広まりますしね」 確かに村人ネットワークの情報伝達速度は驚異的だった。それは力丸爺さんの家を訪ねた時に証明されている。雅史はそれもそうだなと頷いていた。「それに水色のワンピースでは、夜中には判別しづらいでしょう。 薄暗いですし…… 見間違えでは無いですか?」 それもそうかと雅史は思った。確かに夜中だし灯りは祭りの会場以外には設置されてない。その灯りも松明の炎だ。「……
雅史は霧湧村で起こっていた、数々の異常現象の原因は、山が崩壊する時の微振動だったのではないかと推理していた。岩同士がこすれ合うと、電磁波を起こすのは良く知られている事だ。 いきなり空き家が地面に吸い込まれて行ったのも、崩壊前の地面移動に従って岩盤に隙間を作ってしまい、そこに飲み込まれたのだろうと推測している。「彼等にとってそれが精一杯なのかも知れないね……」 神様といっても人間に都合の良い存在とは限らない。「そういえばお寺で私が聞こえていた異常な周波数の音ってどうして発生していたんですか?」 姫星は霧湧村の寺で幽霊が見えるとパニックに成っていたのを思い出した。高周波は新設されていた、監視カメラのスピーカーで再生できるが、低周波はそれなりのサイズが無いと無理なのだ。 そして幻覚は高周波より低周波の方が見えやすいとの研究結果もある。「推測だけど、山体が崩壊する時に、石同士の摩擦で発生した音が、洞窟か何かで増幅されたんじゃないかと思う」 あの時に逆送波を作るために録音したデータはまだ持っている。そのうち解析してみようと思うが今は暇が無い。崩壊した霧湧村を管轄する県庁の土木事務所から、詳細な情報の提供を求められているのだ。「そういえば動物たちも逃げ出してたわ……」 霧湧神社の帰り道で出くわした猪や鹿を思い出していた。あの動物たちも助かったのだろうか。確認する手段が無いのがもどかしかった。「うん、動物は人間には聞こえない周波数も聞こえるからね。 人間が幻覚を起こせるくらいの異音だと、動物たちにも酷い影響が出たんだろう」(そういえば怯えた目をしていたっけ……) 姫星が思い出してると、ふと疑問に思う事があった。「…… そういえば、どうしてまさにぃは何とも無かったの?」 パニックになって泣き出した自分を励ましながらも、冷静に対策法を考え着いた雅史を思い出したのだ。「ぶほっ!…… 人間、年を取る
宝来雅史の研究室。 行方不明だった月野美良は、自宅の居間にいたところを母親が見つけていた。 母親が庭先で洗濯物を取り込んで、家に入ったら居間の長椅子に座って居たのだそうだ。外から帰って来た様子も無く、行方不明になった時の服装のままだったそうだ。 今は美良が体調不良を訴えたので検査入院している。妹の月野姫星は姉の着替えを持って行ったり、本を差し入れしたりして、毎日のように病院に通っていた。そして、帰り道のついでに宝来雅史の研究室に立ち寄るのを日課にしていた。 両親が姉に行方不明の間、どこに居たのかと尋ねたが、要領の得ない返事しかしないらしい。雅史や姫星が尋ねても同じだった。あまり問い詰めると、また居なくなりそうなので、今はあやふやなままにしている。 『話したくなったら自分で言うのではないか?』 そう母親が姫星に言っていたそうだ。それもそうかと雅史は納得する事にしていた。「結局、収穫はこの陶器の欠片一つでしたね……」 姫星は欠片をひっくり返したり、手にかざしたりしながら言った。祭りの後で霧湧神社に仕舞われたはずだった。しかし、欠片は車の後部座席に毛布に包まれていたのだ。毛布を片付けようと持ち上げた処、ポロリと落ちて来たのだ。「きっと姫星ちゃんの言った通り。 あの小石に山の荒ぶる神を封じていたんだと思うよ。 逸れを解放した事で、神様の力を制御する術を失って、山体崩壊を招いたんだろう」 雅史は研究ノートに書き込みをしながら姫星に説明していた。確信がある訳では無いが小石が割れたのが始まりだったと考えている。 姫星は欠片を見ていた。人形の様な模様があり、その右手のらしき部分にバツ印が付いている。「じゃあ、あの時に村から逃げる時に一緒にいたのは……」 姫星は欠片を人差し指で突きながら言いよどんだ。姉の美良にそっくりな謎の人物。結局、一言も言葉を交わさずに笑っているだけだった女性だ。「何だったんだろうね…… どちらにしろ、正体を暴こうとか探ろうとかは思わない方が良いのかもしれないね&h
車は猛スピードのまま土砂崩れの先頭に躍り出てきた。車のバンパーがアスファルトに触れて火花を散らしながら外れていった。 姫星は後ろを振り返りながら、押し寄せる土埃が人の形になるのを見ていた。それは大きく口を開き、目に当たる部分が窪んで黒くなっていた。 伝説のダイダラボッチとはこんな風だったに違いない。そのダイダラボッチが土埃の手を伸ばしてきた。ブボォォォォッ その手が届きそうになる寸前に、雅史の運転する車は霧湧トンネルの中に飛び込んでいく。速度の出ていた車は物の一分もかからずにトンネルを抜け、砂ぼこりを立てながら反対がわの出口から躍り出て来た。 そして、そのタイミングを見計らったようにトンネルは横滑りしながら崩れ去って行った。「キャハハハハハッ」 その間も美良は後部座敷で笑い続けている。 そして、トンネルが流れていくのが合図だったかのように、押し寄せる土砂や土埃がパタリと止んだ。「まさにぃっ! まさにぃっ! もう大丈夫っ! 土砂がいなくなった!!」 姫星は後ろを振り返りながら叫んだ。雅史は急ブレーキを踏み、車は横滑りしながらも、つんのめるようにして停車した。車はデコボコに窪んで傷だらけになっている。まるで廃車寸前の車のようだ。 雅史はハンドルに突っ伏して肩で息をしている。ドロドロと大地を震動させていた音は止み、粉塵が風に吹かれて青空が見え始めた。 山体の崩壊が終ったようだ。始まりから終わりまで二十分も掛かっていないはずだが、雅史には一時間近く掛ったような気がしていた。 姫星は助手席からヨロヨロと表に出て、村があった谷の方を見た。そこには田園風景が広がる長閑な村の風景は無く、一面が茶色の土だらけの光景が広がっていた。「みーんな、無くなっちゃった……」 姫星は涙声になっていた。姫星は全身が灰を被って泥だらけになっている。「ああ、村も川も畑も…… 何もかも土砂の下になっちまったな……」 緊張の連続の脱出ドライブから解放された雅史は、フラ
村から続く山道。 家ほどもある大きな岩が転がって来た。雅史は車を止めようとしたが、後ろからは土砂が迫って来るのがサイドミラーに映っている。転がって来る岩は大きく跳ね上がったかと思うと雅史の運転する車を飛び越えて行った。「あんな小っちゃい石にそんな力があったのかっ!」 村長が割れた石を手に持って嘆いている様子を思い浮かべていた。子供のこぶしぐらいの石だったはずだ。「物理的な大きさが問題じゃないの、自然と言うのはその力をどこへ向かわせているのかが重要なの。 その方向を制御してたのが小石に宿った神様で、居なくなってしまった余波が、村で起こっていた怪異現象だったのよ」 姫星は、力の向く先を制御する術を失った流れが、暴走したのかもしれないと思い付いたのだ。「石と言うのは只の象徴なの、それを全員が信じて念じる。 その行為に意味が発生するの。 発生した御霊の流れに意味を持たせて、漠然とした流れに方向性を与える。 その流れを作物育成の力に載せてしまう。 それが『神御神輿』の祭りの意味なのよ」 自然エネルギーという考え方なのだろう。風水の考え方だと龍脈と呼ばれている。「だから、公民館にあった仏像を、元の場所に戻す必要があったんだ」 雅史がハンドルを握ったまま怒鳴り返した。車の左手から見える、対岸にあった民家が土砂に呑み込まれていった。「それをコソ泥が奪ってしまって事故で一緒に燃えてしまった。 だから、均衡が保てなくなってしまった。 不均衡な力の働きは山体崩壊を招いてしまったのよ」 道路に入った地割れから土ぼこりが巻き上がっている。その土ぼこりに車は付き抜けた。いきなりだったので避ける暇がなかったのだ。「山を滅茶苦茶にする程のエネルギーを放出しているのか?」 雅史はハンドルを握ったまま姫星に尋ねた。(ええっ? 山が横に滑っている!?) 姫星が見ている内に山が形を崩して行く、地面が圧力に耐え切れずに横滑りを起こしているのだ。「くそっ! 道が曲がりくねっている!!」 車の中で左右に身体が激しく振られている。だが、速度
「にゃあっ!」 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。「まさにぃ…… どうしたの?」 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。「山が崩れ始めているっ!」「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。(シーソー……… 均衡…… っ!!!) 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。「何が分かったんだ?」 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。
日村の自宅 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。「美良っ!」 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。「美良…… だよね?」 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。ギ、ギギィィィッ…… 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。「もう…… 朝ゴハンなの?」 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」「ふぁっ?!」 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。ヴォォォ~~~ン 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。「山から煙が出てるぞ」「なんだあ?!」「山が動いている!!」 みんなが山を指差している
ヴォォォ~~~ン 唐突に大きな怪音が響き、日村の家がミシミシと音を立てて揺れ出した。昨夜からの怪音騒ぎが無ければ地震と間違えてしまう程だ。余りの揺れに、雅史のバッグが椅子から落ちて中身が、居間の床に散らかってしまった。(ああ、しまった…… え?) 雅史は慌ててバックの中身を、鞄に戻そうとしたが、ある物を見つけて固まってしまう。 コンパスだ。 雅史のコンパスが、床の上に鞄の中身と一緒に落ちていた。しかも、コンパスの針が北を示さずにゆっくりと回っている。普通は一度方角を示したら動かないものだ。そうしないとコンパスの意味が無い。(なんなんだ? コンパスの針がクルクル回ってるじゃないか……) また、『磁気異常』という不可思議な現象が発生していると考えた。この事実に霧湧神社で気づいた時には、コンパスの針は十度ほど針のズレだけだったが、今見ているのはフラつきなどと言う現象では無い。 恐らく磁気を帯びた『何か』が地下で動いている。そう考えるのが合理的だ。「…… まずいな……」 雅史は昨日の昼間に見た、空き家が地面に吸い込まれる現象を思い起こしていた。地下に何らかの原因があるに違いない。「昨日の空き家のように、この建物が崩れる可能性があります。 全員を表に避難させてください」 突然の事に驚き、天井に下がった揺れる照明器具を見ていた日村は頷いた。原因の究明の前に、まずは生きている人間の保護が先だ。どこが安全なのかは不明だが、少なくともこの建物よりはマシだと雅史は考えたのだ。「さあ、みんな一旦外に出るんだ」 そう、日村が声を掛けた。雅史が忠告するのは、危険が差し迫っているのだろう判断したのだ。室内に居た村人たちは全員バタバタと外に出始めた。「美良と姫星はどこですか?」 連れ出すのなら今のタイミングしかない、そう考えた雅史は日村に尋ねた。「部屋を出て左、廊下の一番奥です」 日村は居間にある
もう少しで夜明けという頃。日村家での話し合いは平行線で夜明け近くになってしまった。 宝来雅史は、このまま日が出るのを待って、月野姫星が見つけた月野美良の車で帰宅しようと考えていた。ここで目を離すと違う家に匿われてしまいそうだからだ。この村の人たちが、そこまでするとは思えなかったが念の為だ。 姫星は姉に会いに行くと言って奥の部屋に行ったままだった。恐らく寝ているのだろう。 その頃、村では違う騒動が起こっていた。上空で謎の光が目撃されているのだ。 雅史も山が光るのを見ていたが、早起きの村人たちが見たのは、雲が光って見えているのだ。夜明けの太陽が照らしているのかと思ったが、光っている雲と太陽は方角が違う。「ウテマガミ様が祭りの不始末を、お怒りなのではないか?」「やはり、もう駄目なのかもしれんな……」「地震の前触れではないのか?」 そこでウテマガミ様が、雲を光らせているのではないかと、話が独り歩きし始めていた。そのざわめきは瞬く間に村全体に広がって行く。 早朝にも関わらず、役場に電話する者もかなり居た。 『神御神輿』が失敗に終わり、ウテマガミ様の祟りを本気で信じているらしい。中には村から脱出しようと荷造りを始めた家もあった。「……雲が光っている?」 役場には当番の役人が居る。村人からの問い合わせの電話がひっきりなしに掛かって来ていると報告して来た。その電話を受けた日村は困惑してしまっているのだ。 日村の電話応答を聞いていた雅史は、居間の窓に寄って空を見上げた。ボンヤリとだが光っているのが分かる。 ある研究では、玄武岩や斑糲岩に含まれている細かい水晶などが、地盤変動で受けるストレスで放電することが判明している。 放電で発生した電荷は互いに結びつき、一種のプラズマ状態になる。蓄えられた電荷は大気中へ向けて放電され、雲に含まれる水の分子と反応して光って見えている。 『破壊発光効果』と呼ばれている現象だ。この現象は、大地震が発生した各地で観測されている。「なんだ? あれ??」
「おねぇちゃんの所に案内してください。 出来ないと言うのなら自分で行きます」 姫星は自分の隣に居た日村の奥さんに、姉の所まで案内してくれるように頼んだ。 日村の奥さんは困った顔をして日村を見返した。日村は仕方が無いと言う感じで頷く。「こちらへどうぞ……」 色々と不慣れな悪巧みはしているが、所詮は人の良い村人だ。姫星の希望はすんなりと案内されていった。 やはり、美良は日村の家に居たのだ。 月野美良(つきのみら)は日村宅の奥の部屋に居た。そこは客間らしく広さは十畳はあろうかという洋間である。姫星が案内されて室内に入ると、美良は窓から外を見ている所だった。「おねぇっ!」 姫星は美良に向かって抗議するように叫んだ。姫星に気が付いた美良はニッコリと微笑んでいる。「……」 姫星は泣きながら美良の胸に飛び込んでいった。「…… ずっと、ずっと心配してたんだよ……」 いつもそうしてくれるように、美良は姫星の髪を優しく撫でてくれている。 優しい姉は、久々に会った妹の頭を撫でながらニコニコしていた。「…… ? ……おねぇ? ……ちゃん??」 姫星は美良の顔を覗き込んで小首を傾げた。何かが違うのだ。 雅史は日村を追求したい気がしたが、今は堪える事にした。三人で無事に帰宅する事を最優先にしているのだ。犯人や動機の追及は雅史の仕事では無いし興味も無い事だった。ヴォォォ~~~ン 心なしか音の間隔が狭まっているような気がする。先程のような大きな揺れは無いが、小刻みな揺れならばある。 そして、怪音は日村の自宅を中心にぐるぐる回ってる様な気がしてきた。北バイパス道路。 警官たちは事故の現場検証の手伝いをしたり、遺体搬出後の後処理をしていた。事故の現場検証が済んでも彼らがお役御免になる事はまだない。事故の時に壊されたガードレールをかたずけたり、遺留品を片づけたりと忙しいのだ。 しかも、事故を目撃しているので、その調書も作らなければならない。それらが全て終わったら、やっと帰宅できるのだ。「明日の朝一でクレーンを手配して車を引き揚げましょうとの事です」 一緒に来ていた若い警官がベテランの警官に声を掛けて来ていた。「じゃあ、朝までここに居る事に為るのか…… めんどくさいな、ったく」 鎮火したとは言え、事故車にはガソリンが残っている。万が一にでも、事故車が再